kagamimochi-nikki 加賀美茂知日記
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発心集 第一第4話 千観内供、遁世籠居の事

第一第4話 千観内供、遁世籠居の事(せんがんないぐ とんせいろうきょのこと)

千観内供という人は、智証大師の一派に連なる、非凡な賢者だった。

彼はもとから道を求める心が強かったが、この世にてどのように振る舞い、どう行動すべきかを決めかねていた。なんとなく日々を送っている間に、ある時、朝廷の法会を終えて帰る途中で、四条河原で空也上人に出会った。彼は車から降りて空也上人に対面し、「さて、どうしたら来世の安楽を得られるでしょうか」とうかがった。聖人はこれを聞いて、「何と逆さまのことをおっしゃるのですか。そんなことは、私が御房にこそおうかがしたいことです。私のような卑しい身は、たださ迷い歩くだけです。特に来世につき悟ったようなことはございません。」と言って去ろうとした。彼 千観内供は空也上人の袖を引いて、一層熱心に問い続けた。空也上人は「どんな仕方であれ身を捨てれば救われるでしょう」とだけ言って、足早に行ってしまわれた。

その時、内供は河原で衣服を脱ぎかえて、車に入れて、「供の人たちは、早く僧房お帰りなさい。私は、ここから他の場所に行くのだ」と言って、皆を送り返し、ただ一人、蓑尾(みのお)という場所にこもってしまった。

しかし、それでも彼の心には安らぎがなく、居所に悩んでいた。そして、東の方に金色の雲が立ち上がったので、彼はその場所をたずねて、そこに形だけの庵を結び、痕跡を隠した。それが現在の金龍寺(こんりゅうじ)である。彼はこの場所で年を重ね、最終的に往生した。詳しくは伝記(『日本往生極楽記』)に記されている。

この内供は、人々の夢に千手観音(せんじゅかんのん)の化身として現れたと言われている。彼の名前「千観」は、その菩薩の名前を略して付けられたものである。

(20230627訳す)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%BE%80%E7%94%9F%E6%A5%B5%E6%A5%BD%E8%A8%98

*『日本往生極楽記』(にほんおうじょうごくらくき)は、平安時代中期に慶滋保胤(? – 1002年)が編纂した往生伝。成立は寛和年間(985年 – 987年)頃と見られている。

「往生伝」とは、極楽往生をしたものの伝記またはその伝記を集めたもので、『日本往生極楽記』は日本で最古の往生伝とされる。この書は、聖徳太子をはじめとして、皇族から僧・庶民にいたる計45人の極楽往生の伝記を載せ、保胤の浄土信仰に基づいて編纂されたものである。

『日本思想大系7 往生伝・法華験記』 (井上光貞・大曽根章介校注、岩波書店)に所収。