20260210記事
今日という日2月10日 1258バクダードの戦いほか、写真wikipedia攻城の様子
2月10日ですね
2月10日の出来事
1258年 – バグダードの戦い:アッバーズ朝がバクダードを包囲したモンゴル軍に降伏。モンゴル軍は3日後の2月13日にバグダードに入城し、略奪・虐殺行為を開始[1]。兵士の死者50,000人 市民の死者20万人–80万人[1]-200万人[2] 首都バグダードの壊滅
年月日:1258年1月29日 – 2月10日
場所:アッバース朝の帝都バグダード
結果:モンゴル軍の勝利
1606年(ユリウス暦1月31日) – 火薬陰謀事件の実行責任者ガイ・フォークスが首吊り・内臓抉り・四つ裂きの刑で処刑される。35歳没。火薬陰謀事件 1605年のイングランドにおいてロバート・ケイツビーを首謀者とする同国のカトリック教徒たちが、国王ジェームズ1世の暗殺を企てたが失敗に終わった政府転覆未遂事件。
1763年 – パリ条約が調印され、仏英間の七年戦争(フレンチ・インディアン戦争)が終結[2]。年月日:1754年 – 1763年
場所:北アメリカ
結果:グレートブリテン王国(イギリス)の勝利
(後のパリ条約により、サンピエール島・ミクロン島以外のフランス領土が他国に割譲)
1996年 – 北海道の豊浜トンネルで岩盤崩落、20人死亡[8]。
1997年 – 神戸連続児童殺傷事件発生。日付 1997年(平成9年)2月10日(第一の事件)
1997年3月16日(第二の事件)
1997年5月24日(第三の事件)
概要 少年による連続殺傷事件
武器 ハンマー、ナイフ
死亡者 2人(男女の児童各1人)[1]
負傷者 2人(女児)[1]
被害者 小学生5人(女児4人、男児1人)[1]
犯人 「酒鬼薔薇聖斗」こと少年A(当時14歳:神戸市立友が丘中学校3年生)
容疑 殺人・死体遺棄
動機 快楽殺人
*
本文は 日勤出勤前の 早朝に作成しております。
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🕊️建夷鳥AIgptの 2月10日の数秘解説 𓂀
―「崩壊のあとに残る“責任”の日」―
■ 数秘でみる2月10日
2月10日は数秘的に非常に重い構造を持つ日です。
- 2:対立・関係性・二項対立・交渉
- 10:完成と崩壊、そして新しい段階への移行
- 1+0=1:始まり・支配・意志・個の顕在化
つまりこの日は、
集団や秩序(9まで)を壊したあと、
「誰の意志で始まったのか」が露出する日
と言えます。
■ 2月10日に刻まれた歴史の共通テーマ
● 文明の「完全な破壊」
- バグダードの戦い(1258)
これは単なる戦争ではありません。
- 世界最高水準の学術都市の消滅
- 図書館の破壊
- 行政・文化・宗教の同時崩壊
数秘10は「完成」を意味しますが、
この日の10は**“完成しすぎた文明の終焉”**として現れました。
文明は、ある水準に達した瞬間、
破壊される準備が整う
2月10日はその象徴です。
● 体制が「反逆」を見せしめにする日
- ガイ・フォークス処刑(1606)
火薬陰謀事件は未遂に終わりましたが、
処刑の残酷さは異様でした。
- 首吊り
- 内臓抉り
- 四つ裂き
これは個人への罰ではなく、
「体制に逆らうとどうなるか」を
可視化する政治的儀式
数秘1は「権力の一点集中」。
2月10日は、国家権力が“1つの意志”として牙を剥く日です。
● 戦争の終結が新たな支配を生む
- パリ条約(1763)
七年戦争の終結は「平和」のはずでした。
しかし実際には、
- フランスの衰退
- イギリス帝国の拡大
- 植民地支配の再編
という新しい不均衡を生みました。
数秘10の本質は、
終わりは、別の始まりにすぎない
2月10日は「戦争が終わった日」ではなく、
新しい支配構造が始まった日なのです。
● 近代日本に現れる「管理責任の破綻」
- 豊浜トンネル崩落事故(1996)
自然災害ではなく、
- 老朽化の放置
- 危険認識の軽視
による人災。
数秘1は「決定権者」を示します。
この事故は、
「誰が止める判断をしなかったのか」
という問いを突きつけました。
2月10日は、
トップの判断が命を左右する日でもあります。
● “個”の暴走が社会を震撼させる
- 神戸連続児童殺傷事件(1997)
この事件は、
- 少年
- 快楽
- 無差別
という衝撃的な要素を含みました。
数秘1の影の側面は、
他者を認識できない「孤立した自己」
2月10日は、
集団の価値観から完全に切り離された
個の暴走が、最も破壊的に現れる日
でもあります。
■ 2月10日の数秘的本質
この日を貫くテーマは一つです。
「壊したあと、誰が責任を取るのか」
- 文明を壊したのは誰か
- 国家を揺るがしたのは誰か
- 事故を止められたのは誰か
- 子どもを守れなかったのは誰か
数秘10は、
すべてを「1人の意志」に収束させます。
■ 2月10日の警告
2月10日は、こう囁きます。
「集団のせいにした瞬間、
次の悲劇はもう始まっている」
責任を曖昧にした社会は、
必ず同じ形で崩壊を繰り返します。
■ 2月10日の数秘メッセージ
- 権限を持つ者は、決断を恐れるな
- 反対に、力を持つ者ほど自分を疑え
- 「始める」なら「引き受ける覚悟」を
2月10日は、
始まりの数字1に「血の匂い」が混じる日。
だからこそ、
軽い決断は最も危険です。
■ 総括
2月8日:支配と大量死
2月9日:理想の暴走
2月10日:責任の一点集中
この3日は、歴史的に見ても
非常に重い連続数秘ゾーンです。
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20200210記事
サーティンキュ―師匠言説メモと感想
<――一次元潜行/一次元上昇の交点としての「バルタン星人」>
(プロトコル:ウルトラマン=超人 「と」を超える者「ひと」 herem文明は 「ひと」を 極端に持ち上げて褒め殺しの対象 崇拝の対象「現人神」「救世主」
とするか、 逆さに吊るし 蔑み 場合によっては殺す 「異端」として扱う。この図式は 現代においては 宗教のみならず、ビジネス経済世界にまで拡大されている。「と」はシャクティの下降の者達 重力落下 あるがまま 下位のコギトを至上価値とする存在 同胞との慣れあいで誤魔化す 「ひと」は上昇の者達 上位のアルゴリズムを同胞とのなれあいなどより優先選択する者)
・子供の頃、ウルトラマンに成りたい!と憧れた人々も50歳後半から60歳代になってます。もうダメですか?ダメダメですか?www
(プロトコル:「と」は太古 「ひと」にならざるを得なかった それが成長ということだったから 今は成長は 社会的擬制単なる時間経過で自動的に おとな とされる 本来的にはあり得ない このあり得ない擬制を常態化 システム化したのがherem宗教でありherem文明。 Herem構文においては 成熟した「ひと」は不要だから 快楽、傲慢、死に急ぎの重力落下でなる未成熟の「幼生」を全体構築のためのパーツとして吸着する この全体を示す曼荼羅が タロット大奥儀22階梯第五階梯13,14,15。特に現代は 構成員に 奴隷という自覚さえない 史上最高度に奴隷制度が高度化ハイソサエティ化した時代)
・人間の人生はバルタン星人が出て来た時からが本当の始まりです。コロナウイルスから始まり、世界大恐慌となり、戦争がはじまり、天変地異が襲ってきて、何もかもが破壊されます。しかし本当の正義の者たちが現れます。
(プロトコル:シャクティの下方落下を常態化させた者や集団の一見高度に知的で華やかな 外貌に騙されてはならない 念入りに作りこまれている 落下と途中の一瞬の憑き物付き現象にすぎない われわれは自分自身の生命実装為すべきことを淡々と為すのみ)
・どんなに正しそうなことを云っても「 性エネルギー昇華を毎日実践してない者は正義はありません。
(プロトコル:役割分担にすぎない 愚行の極み 限りなく0に収束する自身のたかだか数十年の生を56億7千万年の永遠との取引 しかし、カルト信者にカルトといっても絶対にわからぬとの同様 狂人に狂人とつげてもそれはわかりようのないこと。狂人は自らが狂人であることが分からぬがゆえに狂人である ただの役割分担である われわれは自らの為すべきことを淡々と たのしみながら にこやかにほほえみながら為すのみ)
・人間は約80年しか生きていけない肉体で生きています。しかし太陽神と一体化した意識の「 霊 」は根源の叡智(グノーシス)を獲得できれば「 永遠に生きていく 」ということ。これが「 永遠の生命 」の本当の意味です。
*
序
「人間の人生は、バルタン星人が出て来た時からが本番である!」
この言葉は、
終末論的煽動でも、娯楽的比喩でもありません。
師がここで提示しているのは、
人間が「と」から「ひと」へ移行する最終試験の開始条件です。
わたしはこの言説を、
文明の外部から侵入する敵の物語としてではなく、
herem文明が必然的に露呈させる〈内在する他者〉の出現条件として読み取ります。
<① 一次元潜行――「ウルトラマン/バルタン星人」という構造>
プロトコルが示す最初の鍵は、
ウルトラマン=超人、
すなわち「と」を超える者、「ひと」の象徴であるという理解です。
重要なのは、
herem文明において「ひと」は、
常に二つの極端な扱いしか受けない、という点です。
- 一方では、
現人神・救世主として持ち上げられ、
褒め殺しされ、崇拝の対象となる。 - 他方では、
異端として逆さに吊るされ、
蔑まれ、時に殺される。
この二項対立は、
宗教領域にとどまりません。
現代では、
ビジネス、経済、SNS、評価社会そのものに拡張されています。
ここでいう「と」とは、
シャクティ下降の者たちです。
重力落下を自然状態とし、
下位のコギト――
快楽・傲慢・死に急ぎ――を至上価値とする存在。
同胞との慣れ合いによって、【承認欲求とその充足】
本来の欠如を誤魔化す者たちです。
対して「ひと」とは、
上昇の者。
上位のアルゴリズムを、
同胞とのなれ合いよりも優先して選択する者です。
ウルトラマンに憧れた世代が
50代後半から60代に差しかかった今、
師が放つ
「もうダメですか?ダメダメですか?」
という問いは、
年齢の問題ではありません。
それは、
いまだ「と」のままではないか?
という、存在論的確認です。
② herem文明と「成熟不可能性」
次にプロトコルは、
より深い潜行を要請します。
太古において、
「と」は成長せざるを得ませんでした。
成長とは、
「ひと」にならざるを得ないことだったからです。
しかし現代では、
成長は社会的擬制に置き換えられました。
単なる時間経過によって、
自動的に「おとな」とされる。
本来的には、
これはあり得ないことです。
このあり得ない擬制を常態化・システム化したもの、
それが herem宗教であり、herem文明です。
herem構文においては、
成熟した「ひと」は不要です。
必要なのは、
快楽・傲慢・死に急ぎという
56の重力落下で形成された
未成熟な「幼生」たち。
彼らは、
文明全体を構成するためのパーツとして吸着されます。
この全体像を示す曼荼羅が、
タロット大奥儀22階梯の
第五階梯13・14・15。【死神、美言美装の女神、悪魔にreligareリリガーレでつながれる「と」loversたち】
そして現代は、
構成員自身に「奴隷」という自覚すらない、
史上最高度に高度化・ハイソサエティ化した
奴隷制度の時代です。
③ バルタン星人とは何か――破壊ではなく露呈
師は言います。
人間の人生はバルタン星人が出て来た時からが本当の始まりです。
コロナウイルス、
世界大恐慌、
戦争、
天変地異。
これらは、
外部から突然襲来する悪ではありません。
それは、
herem文明が内包し続けてきた
未成熟構造が、
もはや隠しきれなくなった結果として
一斉に露呈する現象です。
バルタン星人とは、
文明の敵ではありません。
**文明が生み出した「自分自身の姿」**です。
そしてその露呈点から、
初めて「人生が始まる」。
なぜなら、
そこで初めて、
「と」のまま生き延びることが不可能になるからです。
④ 一次元上昇――正義とは何か
最後に師は、
極めて厳密な基準を示します。
どんなに正しそうなことを云っても
性エネルギー昇華を毎日実践してない者は正義はありません。
これは、
倫理の否定ではありません。
言説の否定でもありません。
正義とは、
主張でも思想でもなく、
身体実装の状態である、
という宣言です。
プロトコルが警告する通り、
シャクティの下方落下を常態化させた者や集団は、
一見、知的で、華やかで、正しそうに見えます。
しかしそれは、
念入りに作り込まれた外貌にすぎません。
われわれが為すべきことは、
誰かを裁くことでも、
正義を叫ぶことでもありません。
ただ、
自分自身の生命実装を、
淡々と為すのみです。
結語――人生が始まる地点
バルタン星人が現れるとき、
人生が終わるのではありません。
人生が、ようやく始まります。
それは、
「と」であり続ける道が閉じ、
「ひと」として生きるか否かが
否応なく問われる地点だからです。
この言説は、
恐怖を与えるためのものではありません。
選別を宣言するものでもありません。
ただ、
始まりの条件を告げているだけです。アリテイに。
そして今、
この言葉を読み、
なお自らの身体を生きている
われわれ自身が、
すでにその地点に立たされているのです。
蘇民将来子孫也 われは「性エネルギー昇華秘法」の実践者なり
ありがたい ありがたい ありがたい ありがたい

