20260208記事
今日という日2月8日 1236バトゥのルーシ侵攻ほか、写真wikipediaモンゴル騎兵
2月8日ですね
2月8日の出来事
1238年 – モンゴルのルーシ侵攻: バトゥ率いるモンゴル帝国軍によりウラジーミルが陥落。市内では大火が発生し大公・ユーリー2世の家族は火から逃れようとして入った教会で焼死する。時 1223年、および1236年-1240年 場所 現在のウクライナ、ロシア、ベラルーシ 結果 モンゴル帝国の圧勝、キエフ大公国の滅亡、ルーシ諸国のジョチ・ウルスへの属国化 損害 :モンゴル軍 延べ60000人中 戦死7000人 ルーシ連合 軍80000人住民100万人中 戦死死亡捕虜少なくとも500000人。
1904年 – アチェ戦争: ゴットフリート・コーンラード・エルンスト・ファン・ダーレン(英語版)将軍率いるオランダ植民地軍の海軍歩兵連隊(Korps Marechaussee te voet)が、オランダ領東インド諸島の北スマトラ地域のガヨ高地、アラス高地、バタク高地の占領に乗り出し、アチェ人およびバタク人への大量虐殺を行う。 時 1873年–1904年 場所 スマトラ島, インドネシア 結果 オランダの勝利 領土の 変化 アチェのオランダ領東インドへの併合 損害: オランダ領島東インド軍 延べ投入勢力50000人 戦死37000人 アチェ人バタク人 延べ10万人投入 戦死70000人。
1932年 – 名古屋市中村区で首を切り取られた女の死体を発見。(首なし娘事件)
1965年 – イースタン航空663便墜落事故。米国。死亡84名全員。
1981年 – カライスカキス・スタジアムの悲劇(英語版): オリンピアコスFC対AEKアテネFCのサッカー試合終了後に発生したギリシャサッカー史上最大の悲劇で、オリンピアコスの勝利に沸いた21人がスタジアムから飛び降り死亡[13]。
1982年 – ホテルニュージャパン火災が起こる。死者33人・負傷者34人。
1986年 – ヒントン列車衝突事故。死者 23名 負傷者 71名
1989年 – インディペンデント航空1851便墜落事故。死亡144名全員。
2010年 – ヒンドゥークシュでサランの雪崩(英語版)が発生し175人が死亡[15]。
2014年 – 2014年メディナのホテル火災(英語版)により15人が死亡[16]。
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本文は 日勤帰宅後夜作成しております。
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🕊️建夷鳥AIgptの 2月8日の数秘解説 𓂀
―「支配と崩壊が可視化される日」―
■ 数秘でみる2月8日
2月8日を数秘で読むと、
- 2 + 8 = 10 → 1
ただし、この日は
8の力が極端に強く表に出る日です。
- 2:対立・二極・支配される側とする側
- 8:権力・暴力・管理・物質的支配
- 1:新しい秩序の強制的誕生
つまり2月8日は、
「力によって世界が作り替えられる日」
になります。
■ 2月8日に繰り返される歴史の型
● 圧倒的暴力による世界の書き換え
- ウラジーミル陥落(1238)
- モンゴル軍による大虐殺と国家の崩壊
数秘8は「絶対的な力」。
数秘1は「新秩序」。
この日、
キエフ大公国という文明は終わり、
モンゴル支配という新しい現実が始まりました。
2月8日は、
勝者の論理だけが歴史になる日
個人の善悪や信仰は、
力の前では焼き尽くされる。
● 植民地支配という構造的殺戮
- アチェ戦争での大量虐殺(1904)
長期戦の果てに行われたのは、
「制圧」ではなく殲滅。
数秘8は、
支配を維持するための冷酷さを持ちます。
2月8日は、
「秩序のため」という言葉で
人が大量に殺される日
支配する側は「必要だった」と語り、
支配される側の声は記録から消える。
● 管理の欠如が生む惨事
- ホテルニュージャパン火災(1982)
- 各種航空機・列車事故
8は本来「管理・統制」の数。
しかしそれが腐ると、
- コスト削減
- 安全軽視
- 責任の所在不明
という形で破綻します。
2月8日は、
権限を持つ者の怠慢が
一気に表面化する日
事故は「偶然」ではなく、
積み重なった放置の結果。
● 群衆と構造の暴走
- カライスカキス・スタジアムの悲劇(1981)
勝利の歓喜が、
21人の死へと反転。
数秘8は「集団エネルギー」も司ります。
制御を失ったとき、
人は数字として扱われる。
2月8日は、
個人が「群れ」に飲み込まれる日
● 自然災害が突きつける力の差
- 雪崩
- 火災
- 墜落事故
自然もまた、
数秘8的な「圧倒的な力」の象徴。
2月8日は、
人間が築いた構造物の脆さが
一瞬で暴かれる日
■ 2月8日の本質
2月8日は、
❝ 力の非対称性が露骨になる日 ❞
- 支配する者/される者
- 管理する者/管理される者
- 生き残る者/切り捨てられる者
その差が、
隠されずに現れます。
■ 数秘8が教える警告
数秘8は成功の数でもありますが、
同時にこう問いかけます。
「その力は、誰を踏み台にしているか?」
2月8日は、
この問いから逃げられない日。
■ 2月8日の数秘的過ごし方
この日は特に、
- 権限を持つ立場なら「責任」を意識する
- 組織・会社・国家の論理を鵜呑みにしない
- 力の弱い側に視線を向ける
ことが重要です。
成功を目指すなら、
やり方が問われます。
■ 2月8日の数秘メッセージ
2月8日は静かに告げます。
「力は世界を変えるが、
その代償は必ず誰かが払っている」
それを忘れた瞬間、
次の悲劇は始まる。
ここまでで
2月1日〜8日は、
- 崩壊 → 分断 → 終焉 → 支配
という、
かなり重層的な流れが見えてきました。
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20190208記事
サーティンキュー師匠言説メモと感想
<――性の迷宮と布袋様の誕生について>
(プロトコル:人 八 シャクティの上昇 できれば「大」まひと マニンゲン ただのヒト 「天神さまの細道」GRAMMATON789へ参入する者 「女」字をヘルメスの杖カドケウスと観る者 己の内なる女神の聖性の領域を有する者 昇華の者。できない者は シャクティの下降 つまり性エネルギーの漏出 暴走の者 「と」。通過儀礼のない者 幼生。生きて生きていき抜こうとして 死のない生を貪る者。その実絶対的な「死」に至る者。「御用のない者」天神様の細道を56億7千万年通れぬ者 「女」字を 奴隷女が身をかがめる象形としか見えぬ者 バタイユの過剰蕩尽の禁欲の者。)
・魂と霊の合体が人間の生きる目的である。それを表現しているのが「 〇丸の中の八 」というシンボルである。そしてタロットの18の月のカードである。人間は常に太陽神と結びつかないと心底爽やかにはならない。そして日々、マスターベーションをしている人間には永遠に闇の迷宮の中に生き、最後は様々な災いによって死神に殺されるのである。
(プロトコル:バタイユの過剰蕩尽の「禁欲」は現代文明の基本 要は「小人」幼生パーツ「と」達の56快楽起動。「昇華」は この快楽起動の「小人」達には測り知れない 大croneダーキニーの照覧加護ある者にしか達成不可能である GRAM7にて霊的死を経て「恐怖の美」に参入し、MA8にて33×1001のダーキニーの本地千手観音の加護を賜り、TON9にて我が身に 太陽の子 黄金の子を達成する。)
・「 禁欲 」は不自然である。あくまで「 性エネルギー昇華秘法 」とは「 宇宙の母(88)の援助を得て、性エネルギーを33個の脊椎骨に沿って脳神経と胸腺にハテナ(?)の形に昇華して、太陽の子を誕生させる 」ことである。
(プロトコル:父神と母神の合一の「十」あるいは「田」 ⊕ あるいは父神卐+母神卍=田。これを担ぐものが 本来の「男」であり 八のシャクティを上昇せしめ昇華する女神の聖性「女」を同時に有する者が 369布袋「ひと」である。男は女 であり、女は男である)
・日々、性エネルギー昇華秘法が実践をできる者が「 太陽神と結びついている者 」である。彼が太陽系レベルの「 まともな者である9 」である。我々は「 9 」と成らねばならない。そのための日々の試験をイニシエーションというのだ。イニシエーションを通過する最大の鍵はグノーシス(根本知識)と性エネルギー昇華秘法の実践である。そして「 太陽の子を誕生させた者が布袋様 」ということ。
*
序
本言説は、「性」という主題を扱いながら、
快楽や道徳、あるいは心理の次元にとどまることなく、
人間存在そのものの成否を問う、きわめて根源的な地点に立っています。
師はここで、
人がなぜ生きるのか、
なぜ迷い、なぜ破滅し、
そして、なぜごく稀に「抜け出す者」が現れるのかを、
きわめて簡潔かつ残酷なまでに明示されています。
その冷徹さの奥に、
静かな慈悲と、強い希望が潜んでいることを、
わたしは本言説から感じ取ります。
<① 一次元潜行――「性の迷宮」とは何か>
師が語る「性の迷宮」とは、
単なる性的放縦や逸脱を指しているのではありません。
それは、
シャクティが下降し続け、
性エネルギーが漏出と反復に囚われ、
一度も上昇回路に接続されない状態そのものを意味します。
魂と霊が合体せず、
すなわち、全体の中で上昇運動を果たすことができない人間。
この状態にある者は、
生きているようでいて、
実際には「通過儀礼」を欠いた幼生のままです。
日々の自己快楽、
死を先送りにする生への執着、
生き抜こうとする意志そのものが、
逆説的に「絶対的な死」へ向かう。
師が述べる
「闇の迷宮」とは、
外的環境ではなく、
内的構造の閉塞を指しているのだと理解されます。
ここで重要なのは、
これは罰でも断罪でもなく、
構造の結果であるという点です。
<② 禁欲批判の真意――バタイユを超えて>
師は明確に「禁欲は不自然である」と述べます。
この一文は、
道徳的禁欲を善とする文明全体への、
静かな拒絶でもあります。
バタイユのいう過剰蕩尽は、
一見、放縦を肯定するようでいて、
実のところ、
快楽起動そのものから一歩も出ていません。
禁欲もまた、
快楽の裏返しとして機能する限り、
下降回路に留まります。
そして、より強度の禁止の侵犯の坂道を漸次的に転げ落ちていく。
これが地獄落ちのメカニズムでもあります。【56犯罪性重力落下】
師が示す「性エネルギー昇華秘法」とは、
抑圧でも解放でもなく、
変換です。
宇宙の母(88)の援助を得て、
33の脊椎骨を通じ、
脳神経と胸腺へ、
「?」の形に昇華される性エネルギー。
これは技法以前に、
世界観と身体観の問題です。
昇華とは、
選ばれた者の特権ではなく、
しかし、
快楽起動に同期し続ける者には
決して到達できない領域でもあります。
③ 一次元上昇――布袋様とは何者か
本言説の到達点は、
「布袋様」369の再定義にあります。
布袋様とは、
福をもたらす外的存在ではありません。
父神と母神、
卐と卍、
十あるいは田として合一した構造を、
自ら担い切った者の象徴です。
八を上昇させる「女神の聖性」と、
それを担ぐ「男」の構造を同時に生きる者。
男であり、女であり、
女であり、男である。
その結果として誕生する
「太陽の子」「黄金の子」を宿す者。
これこそが、
師の言う
「太陽系レベルでまともな者=9」であり、
布袋様369です。
性の迷宮を抜け、
ひいては生を知る者です。
構造的な実装のもたらす透明性です。
結語――
本言説は、
誰かを脅すためのものではありません。
また、特定の信仰へ誘導するものでもありません。
ただ、
人間には明確な分岐がある、
という事実を示しているに過ぎません。
下降し続けるのか。
それとも、
日々の試験――イニシエーションを引き受け、
昇華を実践するのか。
この選択は、
思想でも、言葉でもなく、
身体と習慣によってのみ行われます。
だからこそ、
この言説は、
いつの時代にも、
名もなき「ひとり」に向けて開かれています。
そして今、
これを読むわれわれ自身もまた、
性の迷宮の内か外か、
その境界に立っているのです。
静かに、
しかし確実に、
太陽の方向 上位のアルゴリズム を選び同期すること。
それが、
われわれの為すべき身体実装の基本であると拝します。
蘇民将来子孫也 われは「性エネルギー昇華秘法」の実践者なり
ありがたい ありがたい ありがたい ありがたい

