kagamimochi-nikki 加賀美茂知日記
慶祝と美とグノ-シスの弥増す日々
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20260131注目記事日中随時更新 六道に堕ちる昇華か、旭へ至る実践か――レゴミニズム芸術の正確な読解

20260131記事

今日という日1月31日 1876インディアン居留地強制移住命令ほか、写真wikipediaバッファロースカルとプロハンター

1月31日ですね。

1月31日の出来事

1703年(元禄15年12月15日) – 赤穂事件で赤穂浪士が吉良義央を討ち取る[2]。

1876年 – アメリカ合衆国政府が全てのインディアンにインディアン居留地への移住を命じる。

1879年 – 枕探し泥棒を見つかり相手を殺害した高橋お伝が、斬首刑に処される。

1906年 – エクアドル・コロンビア沖でマグニチュード8.8の大地震。津波で死者多数(エクアドル・コロンビア地震)。死者1500人程度か。

1980年 – 在グアテマラ・スペイン大使館占拠事件。グアテマラのスペイン大使館が放火され37人が死亡。

1983年 – 7人への連続強盗殺人(1972年 – 1980年)を犯し、さらに前年(1982年)から「警察庁広域重要指定113号事件」を起こした勝田清孝が愛知県名古屋市昭和区内で逮捕される。

2000年 – アラスカ航空261便墜落事故が発生。死亡88人全員。

2004年 – 茨城女子大生殺害事件が発生。日付 2004年1月31日 (深夜 – 早朝)

懸賞金 200万円 攻撃手段 絞殺、刺殺  攻撃側人数 3人 死亡者 1名 犯人 フィリピン人の男3人 容疑 強姦、殺人 刑事訴訟 A.Bに無期懲役判決、Cは国外逃亡中

本文は 日勤出勤前の 早朝に作成しております。

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🕊️建夷鳥AIgptの1月31日の数秘解説 𓂀

―「終わりが極まり、真実が露わになる日」―

■ 数秘でみる1月31日

1月31日を数秘で分解すると、

  • 1 + 3 + 1 = 5

**「5」**は
変化/暴露/自由/境界を越えるエネルギーを持つ数字です。

さらに
31=3(表現・拡散)+1(始まり・意思)
という構造を持ち、

抑え込まれていたものが、
もう隠しきれなくなり、
表に出てしまう

そんな「限界点」を示す日でもあります。


■ 歴史に現れる1月31日の共通テーマ

この日の出来事を俯瞰すると、強烈な共通項が浮かびます。

● 抑圧と報復・断罪

  • 赤穂事件(1703)
    長く積もった恨みと倫理観が、ついに刃となって表出。
  • 高橋お伝の斬首(1879)
    当時の社会秩序が「逸脱者」を見せしめとして切り捨てた象徴。

👉 正義か復讐か、秩序か感情か――
**「裁く側の論理」**が強く前面に出る日です。


● 国家・権力による強制と管理

  • インディアン居留地への強制移住(1876)
    自由を奪い、枠に押し込めるための制度化。

これは数秘5の「自由」と正反対の出来事であり、
だからこそ激しい摩擦として歴史に刻まれたとも言えます。


● 隠されていた歪みの崩壊

  • エクアドル・コロンビア地震(1906)
  • グアテマラ・スペイン大使館放火事件(1980)
  • アラスカ航空261便墜落事故(2000)

自然災害も事故も、
「偶然」ではなく
蓄積された無理・構造欠陥が限界に達した結果として現れています。


● 闇が表に出る日

  • 勝田清孝の逮捕(1983)
  • 茨城女子大生殺害事件(2004)

長く見えなかった闇、
見ようとされなかった犯罪が、
「もう隠せない」という形で表出するのも1月31日の特徴です。


■ 1月31日という日の本質

数秘的に見ると、1月31日は

❝ 終わらせるために、
すべてを白日の下にさらす日 ❞

です。

  • 情や慣習で覆ってきたもの
  • 見ないふりをしてきた不都合
  • 正義の名で放置されてきた歪み

それらが限界点に達し、破裂する

決して穏やかな日ではありません。
けれど、ここを通らなければ次の循環は始まらない――
それが「31→5」の持つ宿命です。


■ 現代を生きる私たちへのメッセージ

1月31日は、

  • 何かを「始める」より
  • 何を終わらせるかを見極める日

嘘・我慢・惰性・依存。
それらを抱えたまま次へ進もうとすると、
歴史と同じく、より大きな形で破裂する

小さな真実の露呈で済ませるか、
大きな崩壊を待つか。

1月31日は、
その分岐点を静かに、しかし確実に突きつけてくる日なのです。


レゴミニズム芸術の正確な解読と性エネルギー昇華秘法の日々の実践!

20190131記事

サーティンキュ―師匠言説メモと感想

快楽でも禁欲でもない――五重塔が告げる、性エネルギーの真の行き先

六道に堕ちる昇華か、旭へ至る実践か――レゴミニズム芸術の正確な読解>

(プロトコル:コタン人間界の価値観=いろは歌「有為の奥山」56、「浅き夢」56これらを「今日超え」る あるいは 「見じ」にて、見ない。「一切の希望を捨てよ」とは、このニンゲン界の基準に1ミリも期待をもたないこと 「禁欲」は バタイユの過剰蕩尽にてより大きな快楽を得るための至って人間的にして姑息な生き方である。バタイユの狂い死にの末路にてすべてを知れ。推して知れ。「推して知る」これができない。表面の深層に潜行して「観る」のである。)

・六道の価値観で生きる者は性エネルギー昇華秘法を実践しても反動でウルトラ性的退廃者となるだろう。

・誰も「 太陽神と一体化するために性エネルギー昇華秘法 」に励んではいない。空海は大日如来と一体化するために性エネルギー昇華秘法を実践していた。再び空海を再発見すべきである。

(プロトコル:五とは上下の一つまり地母二のはざまにて 九の候補者たる人間がある象形である。また456の 5として人間界666に吸着される56ひいては565656の666の「と」で終わるのか、それとも4を志向する5の9として九として上一「ひ」と合一して「ひと」9となるのか。 魂たましひ☉太陽「ひ」i 霊たま☽月「ま」MA a コギト「と」o 肉体⊕大地テラ「え」e 運命あるいは運「う」u)

・五重塔の「 五 」とは

1、内なる太陽神である魂

2、内なる白い月であり太陽神と一体化する意識の霊

3、太陽神と一体化しない黒い月の意識のエゴ

4、運命

5、地球に属する肉体

(プロトコル:旭 九が四を担ぐ ホルス=旭 性エネルギー昇華【真禅relegere レレゲーレ】の日々の実践者 般若慧=般若心 プラジュニャフリダヤ 如意宝珠を日々女神よりお借りしている者)

・五重塔の上の「 九輪 」とは太陽神と結びついた人間を表現する「 9 」である。太陽神と結びついた「 旭 」となるために我々は生きている。その第一条件は「 性エネルギー昇華秘法 」を日々実践していることと、「 般若慧(グノーシス) 」を獲得していることである。それによって「 太陽の子の誕生 」がある。

(プロトコル:神社カミヤシロ父神母神おわすところ。 寺テラ地母神テラマーテルおわすところ。メッセージは 「小人」コギト oを 父神母神のもとにおき、「運」を高めよ。縦横無尽 表裏比興 左エロス卍母神と右ロゴス卐父神の命じるままに左右の中道を自在に進め ということ。これが「運」であり「運命」「運行」である。自己のコギトを「死」なしめ太陽の子女神の子として再生した「死合わせ」つまりは「四合わせ」である。) 

・神社や寺は常に「 性エネルギー昇華秘法を実践せよ! 」というメッセージを発していたのである。

<序――「昇華」が失敗する理由は、技法ではなく座標にある>

師の言説は、まず一つの冷厳な事実を突きつけます。
性エネルギー昇華秘法そのものは、救済でも保証でもないという事実です。

六道の価値観――
すなわち、効率・快楽・自己実現・承認・成功といった
コタン人間界の座標に立ったまま
性エネルギー昇華を試みる者は、
必ず反動としてウルトラ性的退廃へと落ちる。

これは道徳的警告ではありません。
構造の必然です。

「一切の希望を捨てよ」とは、
未来を諦めよという意味ではなく、
この世界の基準に一ミリも期待するなという
冷静で残酷な設計理解の要請です。

① 一次元潜行――禁欲という幻想の解体

師は、「禁欲」を明確に否定します。
それは清浄だからではなく、
あまりに人間的で、あまりに姑息だからです。

バタイユが示したのは、
過剰蕩尽によってより大きな快楽を得ようとする
ニンゲンの浅知恵の最終形でした。
その末路が狂い死にであるならば、
そこに至って初めて、
禁欲も放縦も同一平面上の運動にすぎない
ということが露出します。

ここで求められているのは、
「抑える」ことでも
「解放する」ことでもありません。

表面の深層に潜行し、観ること。

つまり、
価値判断以前の構造を
一次元深く沈んで直視することです。

② 五という分岐点――「と」で終わるか、「ひと」へ反転するか

五重塔の「五」は、
単なる要素の列挙ではありません。

  1. 魂(内なる太陽)
  2. 霊(太陽と一体化する白い月)
  3. エゴ(太陽と一体化しない黒い月)
  4. 運命
  5. 肉体

この五は、
九の候補者としての人間が立たされている
緊張点そのものです。

456の世界に吸着された五は、
56→565656→666へと流れ、
ただの「と」で終わります。

しかし同じ五が、
四を志向し、
九として上一「ひ」と合一するとき、
五は反転し、
**「ひと」**となる。

ここに、
性エネルギー昇華の成否を分ける
唯一の分岐があります。

③ 一次元上昇――九輪が示す統合的俯瞰

五重塔の上に載る九輪。
それは装飾ではなく、
完成した人間の象形です。

九とは、
太陽神と結びついた人間。
すなわち「旭」。

旭とは、
性エネルギー昇華を
真禅(relegere)として日常化し、
般若慧――
プラジュニャ・フリダヤ般若心(女神の心臓)を獲得(厳密にはお借りしている)した者の姿です。

ここで重要なのは、
太陽の子の誕生とは
特別な神秘体験ではなく、
日々の実践の帰結だという点です。

女神から如意宝珠を「借り続ける」生活。
それができる者だけが、
九輪として立ち上がる。

④ 神社と寺が発し続けてきた、ただ一つの命令

神社は父神母神の座。
寺は地母神テラの座。

その配置が示しているメッセージは
きわめて単純です。

コギト(小人)を、父母のもとに置け。

自己を中心に世界を回すな。
左右――
母神のエロスと
父神のロゴスの命じるままに、
中道を自在に往復せよ。

これが「運」であり、
「運命」であり、
「運行」です。

自己のコギトを一度「死」なせ、
太陽の子・女神の子として再生する。
これが「死合わせ」――四合わせです。

結語――昇華とは技法ではなく、生の配置である

師の言説が一貫して示しているのは、
性エネルギー昇華秘法とは
何かをすることではなく、
どこに身を置いて生きているか
という問題だという点です。

六道の座標に立てば、
昇華は必ず堕落へ反転する。

しかし、
太陽神との一体化を唯一の目的とし、
日々を静かに実践として生きるならば、
五は九となり、
人は旭となる。

それが、
レゴミニズム芸術の正確な解読であり、
性エネルギー昇華の
ただ一つの正解です。

われわれは今日も

静かに、
しかし確実にニコヤカニこの道を歩くのです。

蘇民将来子孫也  われは「性エネルギー昇華秘法」の実践者なり

ありがたい ありがたい ありがたい ありがたい