kagamimochi-nikki 加賀美茂知日記
慶祝と美とグノ-シスの弥増す日々
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20231225注目記事日中随時更新 クラシック音楽、 正義への渇望の罠 ほか

20231225記事

今日という日12月25日 1926大正天皇崩御裕仁親王皇位継承、1989ルーマニア革命、1991ソ連崩壊

今回煩になるので掲載しなかったが、過去ヨ-ロッパで国王の戴冠とかクリスマス12月25日に行ってるものかなりあった。昭和天皇の承継もそれだったんですね。

1926 12月25日 クリスマス—昭和天皇スタ-ト

1941 12月8日 聖母無原罪のお宿り—真珠湾攻撃

1945 8月15日 聖母被昇天—太平洋戦争終結

と キリスト教の記念日にいろいろやってますね。

*1989 12月25日ルーマニアのチャウシェスク夫妻処刑ね。勲章400のSGI会長 パナマのノエリガや このチャウシェスクと会談し、民衆の英雄とか最大限に賛辞送ってたな。んで、この人たちが失脚した後、すべてなかったことにしてた。

まあ、そういうことです。

*199112月25日。ソ連崩壊。 諸行無常。

正義への渇望の罠

*メモ

師匠曰く 「正義を味わうのは喜び」である。

だれもが正義になりたがる。だれもが仮面ライダ-になりたがる。だれもがウルトラマンになりたがる。

けど、ほんとに正義になれんのは 「性エネルギ-昇華秘法」の者だけです。

AVみてオナニ-してて正義にはなれない。また、性的退廃者は一時的に 自分が属する集団とかの聖性とかの幻想信じて 正義の熱狂 を感じるときがある。まあ ただの覚醒剤の錯覚なんだが。【6】は躁鬱気質の精神病質だから。んで、祭りで熱狂があって、乱交があって性的退廃大公認とか。それ自体が性的退廃の熱狂だったりするから。

だから、本質的に性質的に 正義がありえない【6】の世界で正義もどきが蔓延すると大いなる悲劇が生じる。

魔女狩りの 狩り側の熱狂。

異端狩りの 狩り側の熱狂。

革命の  革命者の反革命分子の粛清、ギロチン処刑の熱狂。

まあ、【6】の正義は所詮 躁鬱の 犯罪者の「躁」の現象で どこまでいっても犯罪的なんだよな。犯罪者の祭り。これ手が付けられんエネルギ-もつときあるから怖い。

蘇民将来子孫也  われは「性エネルギ-昇華秘法」の実践者也。

世のバカたちと一線引いた位置で 毎日 大晦日とお正月、

毎日 ナザレノイエズス磔刑と、INRIの灌頂 キリスト復活 これ為してるものに正義はあり。

しかもこれ熱狂はないから。静かな 静かな ふつふつたる確信 こういった次元にしか本物の正義はない。

師匠曰く ★小学生でも理解できる【正義】はたいしたものではない。たいていの本物の【正義】はその当時の周囲は【理解不可能】である。

ありがたい ありがたい ありがたい ありがたい

クラシック音楽

いや、わたしは実は一番聞くのがバッハ。最近は非番は朝から晩までバッハ。

んまあ、BGMとして聞いてる。けど、バッハが一番落ち着く。

ベ-ト-ヴェンもモーツァルトも昔はよく聞いた。

師匠は 感動がないと言われるが、ベートーヴェンやモーツァルトは感動がある(ときもある)。単純に有名な 交響曲 五番『運命』や九番『歓喜』は感動があるとおもうのですが—。

基本これらは長すぎる。集中してかなり聞きこまないと 興が乗らない。感動がない。聞く側も集中しないとただのBGMになる。だから、クラッシックは本来生演奏で感動を味わうもの。生演奏は有名でない人のものでもほぼ鳥肌立つくらい感動がある。聞く時も、集中して聞いてるし。まあ、それなりに長い曲を 集中して聞くという自体もうかなり贅沢なことで、日常的には出来ない。

20代の頃、たまにクラシックのライブ聞きに行ったけど、例外なく感動有りました。鳥肌立つくらい。あと集中できてれば、モーツァルトの例えば交響曲39番なんかは、なんかしみじみと生きるよろこびみたいなの感じてじんわり感動がこみ上げてきますけどね。モーツァルトは 生きてる喜びっつうのがなんかしみじみと感じられる曲が多い気がします。

あと二十代の頃毎晩 モーツァルトレクイエム聞きながら寝て、一晩一晩死んでるつもりで聞いてましたけどね。

じつは わたしはこどものころから 歌詞のあるうたよりも 音楽だけの曲メインで聞いてきた気がしますね。だから あんま はやってる歌とかに興味なかったんですよね。

まあ、バレ-やクラッシックの演奏会は欧米の金持ちのバカが夜のお相手させる女性の物色のためにあったというハナシもあります。だからみんなあんな肌露出するスタイルなんですね。まあ、そりゃホントかなとは思いますけど—。

まあ、芸術って 好みもありますからねぇ—-。んで、美しい芸術って才能の為に本人は滅亡一直線の性的退廃者が担ってたりします。この皮肉 コメディア。

クラシック音楽界の お上品さの裏は下半身の狂騒曲でえらいこっちゃやそうですよ。実際関係者から話聞いたことあります。

あのお上品ぶりが タブ-と禁忌の侵犯の演出であります。

お上品ぶりが タブ-と禁忌の侵犯の演出って 西洋文化の基本ですね。淵源はキリスト教会。聖性を装いそれを裏では破戒、破り 禁止の侵犯により快楽を得る。

西洋人の屈折したこの禁止の設定、忍耐、破戒、禁止の侵犯による絶大な快楽って手順。このために熱心に聖性を演出してるという面はあると思います。まあ変態ですね。

この偽善、欺瞞をストㇾ-トに輸入して疑似教会になってんのが、日本では学校制度でしょう。だから学校教師は 変態が多い。まあ本家には まけるでしょうが。

また、

天才的演奏者の一身人生のすべてをかけた演奏ってなんか感動的かも—-。彼彼女が極限の性的退廃者であっても。その演奏ホント楽しめるのは 蘇民将来子孫也 つう構図ですね。

これこの世のなにごとにも言えるコメディアだと思います。

「くだけちる星⛧(逆五芒星)たちのかがやき」。超一流といわれる演奏家や芸術家に当てはまる場合が多いですね。

クスリとアルコ-ル、性的退廃で破滅するロックスタ-とかもおんなじですね。ジミヘンやジャニスジョプリン ゼッペリンのジョンボーナムのドラムとかはスゲ-一身をかけた最高のパフォ-マンスやと思います。今でもときどき聞きます。