第一第7話 小田原教壊上人、水瓶を打ち破る事 付、陽範阿闍梨、梅の木を切る事
(おだわらのきょうかいしょうにん すいびょうをうちやぶること ようはんあじゃり うめのきをきること)
第一話:小田原教壊上人、水瓶を打ち破ること
京都興福寺の別所の小田原という寺には、教壊聖人(きょうかいしょうにん1093年93歳没)と呼ばれる人物がいた。後に七十歳ころには高野山に住むようになった。その高野山へいく前の頃の話である。彼は、新しく手に入れた水瓶(すいびょう 修行者が常に持つ十八物のひとつ)に執着し、見ればみるほどほれぼれすると、水瓶への思いに囚われていた。そこで、これではいかんと執着から解放されるために、水瓶を縁側に投げ捨てて高野山の弘法大師入定(にゅうじょう)の聖地の奥の院に参った。その奥の院で心を集中させ、念仏を唱えながら一心に信仰に励んでいたが、水瓶のことを思い出してしまう。「なんの気なしに他のものと並べておいたあれを、誰か取ったりしないだろうか」などと不思議なほど水瓶のことが頭から離れず、心が集中しなかった。それをよくないと感じた教壊上人は、水瓶を石畳の上に並べて叩き砕き、捨ててしまった。
第二話:陽範阿闍梨、梅の木を切ること
また、比叡山の三塔のひとつの横川(よかわ)の地には尊勝の陽範(ようはん)という阿闍梨がいた(伝未詳)。彼は美しい紅梅(こうばい 梅の木)を植え、最愛のものとして、花が満開になると一人で楽しむだけでなく、他人が摘むことさえ惜しみ、ときに叱りつけるという風であった。ところが、一体どの様に思い至ったのであろうか。弟子たちも他の用事で誰もいないときに、不在の隙に、何もわからない小僧が一人でいたのを呼びつけた。そして、「斧があるか。あったら持って来い」と言って、その梅の木を根元から切り倒し、土をかけて跡形もなくしてしまった。
弟子たちは帰ってきて驚き、疑問に思って陽範に尋ねた。すると、彼はただ「紅梅など無用だからだ」と答えただけだった。
これらの行為は、執着に囚われることを恐れるから行われたものだった。教壊上人も陽範も、ともに六道を乗り越えて九の覚醒へと往生(おうじょう)を遂げた人であった。まことにこの世の六道の仮想現実に心を奪われて、六道世間の長き闇に迷うことは、誰から見ても「愚かなことである」とみなされるべきである。
しかし、私たちは六道の世の中で煩悩と執着の召使い奴隷となり果てている。その習慣の愚かしさは、わかっているようでいながらも、誰もが現世への執着を捨てることはなかなかできはしないのである。
(20230701ふじやま温泉にて 訳す)